大判例

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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7502号 判決 1976年3月31日

原告(反訴被告)

鷲尾博

右訴訟代理人

金住則行

被告(反訴原告)

今野猛志

右訴訟代理人

安養寺龍彦

外一名

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

武田正彦

外三名

主文

一  被告らは各自原告に対し金一八万円の支払をせよ。

二  原告のその余の請求ならびに反訴請求はいずれもこれを棄却する。

三  本訴に関して生じた訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とし、反訴に関して生じた訴訟費用は反訴原告(被告今野)の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(本訴)

一、原告

1 被告らは原告に対し各自金四一万円を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。<以下略>

理由

一原告は日本大学経済学部の学生であるが、昭和四八年一一月三〇日から同年一二月二八日までの契約で郵政省管轄の東京南部小包集中局にアルバイトとして採用され、同年一二月二〇日まで同局で小包整理事務の労働に従事していたこと、被告今野は同局の職員(郵政事務官)で、その頃第二小包郵便課計画室に配置されていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、次のような事実が認められる。

1  原告は、昭和四八年一二月二〇日東京南部小包集中局二階の第二小包郵便課第二ブロツクで小包整理作業に従事し同日午後一一時二〇分頃には、単独で三地区の小包区分作業を担当していた。

他方、被告今野は、同僚の斉藤修らと共に同じ第二ブロツクの原告の作業場所から五、六メートル離れた「地方リジエクト」の仕事を担当し、これに従事していた。

2  しかるところ、午後一一時二〇分頃「地方リジエクト」の小包滞留が著しくなつたため、右斉藤が被告今野に対しアルバイトの学生を連れて来るよう依頼したので、被告今野は、たまたま荷物の流れが一時止んで一息入れていた原告に対し「ちよつと来い」と呼びかけ、仕事を手伝うよう要求した。しかし、原告は、自分の仕事があると言つてことわつたが、被告今野の再三の要求でやむをえず「地方リジエクト」の方に赴いたものの、さらにことわつたため、被告今野は、激昂し生息気だ等と言つて怒鳴り、これに対しなお納得しかねた原告も喧嘩なら買つてやるという趣旨のことを言つて、眼鏡をはずし、そこで両者がしばしにらみ合つて口論になつたが被告今野が原告について来いと言つて歩きかけたところ、たまたま自席で被告今野の大声を聞いて両者が口論しているのを知つた第二小包郵便課主事の斉藤和夫が直ちに両者のところへ行き、被告今野に対し、どうしたのかと尋ねたが、被告今野は何んでもないと軽くかわし、自席へ戻りかけた同主事の横を通つて同じ階の六メートル程さきにある洗面所へ向つて歩き、さらに原告も被告今野の後をついて行つたので、不審に思つた同主事もその後に続き洗面所の入口附近で内部の様子をうかがつていた。

3  かようにして、原告と被告今野は、午後一一時三〇分頃洗面所に入つたのであるが、被告今野は、洗面所に入るやいきなり原告の衿首をつかんで引張り込み、原告の耳をつかんでその顔面に頭突をくらわせ、さらに両手の拳骨で原告の顔面を殴打したため、原告もやむをえず反撃して被告今野の顔面を殴打するなどしたが、被告今野はなおも原告の首を抱えて壁に激突させる等の暴行を加えたところ、喧嘩の気配を感じて洗面所に入つて来た斉藤主事が被告今野をその背後から引張つてようやく両者を引き離した。

右の結果、原告は、上顎右側中切歯、上顎側切歯および上下口唇裂傷の約二か月間の加療通院を要する傷害を負いまた被告今野も顔面打撲擦過傷、下唇挫創の約一〇日の治療を要する傷害を負つた。

以上の事実が認められる。右認定に反する<証拠>の各記載部分および被告今野本人の供述部分(特に、洗面所に原告がついて来て、いきなり被告今野につかみかかり攻撃して来たという趣旨の部分)は、前掲各証拠に照らして信用できない(当裁判所は、特に甲第六号証、同第七号証―事件直後の司法巡査に対する被告今野の供述記載部分、乙第一号証―事件直後の原告と被告今野のやりとりを記載した部分、および証人斉藤修の証言中の事件直後における原告の言動等および原告と被告今野との身分の違い、つまり今野が正式の職員であるに対し、原告はアルバイトにすぎなかつたこと、原告と被告今野の経歴や性格などを総合して考えると、やはり洗面所で攻撃を開始したのは被告今野であり、その喧嘩闘争も原告が被告今野によつて一方的に押しまくられたとの心証をいだかざるをえないのである)。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によると、口論の段階ではともかく、洗面所での喧嘩闘争の直接的端緒をなしたのは、被告今野の原告に対する暴行にあつたと解せられ、その間に原告の反撃があつたとはいえ、それはむしろ防禦的なものであつて、被告今野としても自ら暴行を加えて行つた以上、右程度の反撃は当然予期したであろうし、原告の右反撃は、すでに被告今野による優勢的な暴行が加えられている状況においては、他に手段方法があつたとは解しがたいからまさしく正当防衛にあたるとみて妨げないと思う。

したがつて、被告今野は、その暴行によつて原告の被つた損害を賠償する義務があることは明らかであるが、原告の反撃によつて被告今野も前記傷害を負つてはいるが、右反撃は違法性がないから、被告今野は、原告に対しその反撃によつて被つた損害を訴求しえないのみでなく、原告が警察署等で虚偽の陳述をなしたことを認めるに足る証拠は全くなく、むしろそのようなことは本件証拠上到底肯定しがたいから、原告が虚偽陳述をしたことを前提とする反訴請求部分も失当というべきである。

三次に、被告国の責任を考える。

さきに認定したとおり、斉藤主事は、原告と被告今野の口論を現に認識しており(同人の証言によると、両者ともかなり興奮していたことが認められる)、そして、原告らが洗面所へ赴いたとき、不審に思つて様子を窺うべく自らをそのように律している。そうすると、斉藤主事は、両者があるいは喧嘩闘争に発展するであろうことを予見しえたはずだと思う。

ところで、職責上部下の指揮、監督に当る斉藤主事(このことは、同人の証言により認められる)には、人的面においても職場内の秩序を維持する責任があると解せられる(法令上の根拠は別として、部下を指揮、監督する地位にある以上これに附随して当然にかような職責をも有すると解する)から、職場の秩序を紊乱する職員間の喧嘩口論、闘争に至つては、もとよりこれを未然に防止する職務上の義務があるといつてさしつかえないと考える。

したがつて、斉藤主事としては、被告今野の何んでもないという言葉をうのみにせずに、直ちに両者に対し持場に復帰するよう命ずるとか、あるいは両者が洗面所の方へ歩き出した際に、不審に思つたからには直ちに制止させ詰問する等し、少くとも原告が洗面所に赴く理由を問い質し、正当な理由がなければ持場に帰るよう注意する等し、喧嘩闘争を未然に防止すべきであつたというべく、しかるに斉藤主事は、かかる処置を何んら講じないのだから、監督者として要求される注意義務を怠つたものといわざるをえない。そして、かかる処置をなしていたならば、本件の喧嘩闘争を防ぐことができたであろう。そうすると、斉藤主事の右のような不注意も重なつて、原告らの喧嘩闘争に発展したとみられるから、被告国もやはり民法七一五条に基づき、原告の被つた損害を賠償する義務があると解する。

四そこで、原告の被つた損害ならびに被告らの賠償すべき損害の範囲を考える。

1  <証拠>によれば、原告は、前記傷害による歯の治療費として金一六万円を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、前記認定の事実によれば、原告は口論の際に、自ら喧嘩なら買つてやるという趣旨の不穏当な言辞を弄しあまつさえ眼鏡をはずすという口論の相手の興奮状態をいたずらに刺激するが如き態度をとつたうえ、喧嘩闘争にあるいは発展するであろうことを予見しえたであろうのに、自ら被告今野に従つて洗面所に赴くという行動をとつている、しかるところ、原告においてかような言動を慎み、上司に訴えるなどの良識的な方法行動をとり、洗面所に行くなどということを避けていたならば、本件の喧嘩闘争に至らなかつたであろうことは、疑う余地がない。そうだとすれば、原告が被告今野から暴行を受けた原因の一つには、原告のかかる軽卒な言動もあつたといえるし、これが被告今野の暴行を招いた要因となつたであろうことは否定できない。したがつて、被告らの賠償すべき損害を算定するにあたつては、原告の右不注意も斟酌するのが妥当であり、被告の賠償すべき損害の範囲は、原告の被つた損害の五割をもつて相当としよう。

故に、被告らは、前記治療費については金八万円を賠償すれば足ると解する。

3  以上の諸般の事情を勘案すると、原告の精神的打撃を慰藉するには金五万円が相当である。

4  <証拠>ならびに弁論の全趣旨によれば、被告今野および同国は、本件訴訟提起前から原告の被つた損害の賠償には応じない態度をとつて来たこと、そこで原告は、その訴訟代理人弁護士に本訴の提起およびその維持遂行を委任し、報酬として金五万円を支払つたことが認められるところ、本件訴訟の難易等諸般の事由を考慮するとき、右金五万円は相当なものと考えられ、そしてこれは、右認定事実によれば被告らが賠償すべき損害に当ると解せられる。

5  したがつて、結局被告らは、原告に対し各自金一八万円を支払う義務がある。

五以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らに対し各自金一八万円の支払を求める限度で理由があるから認容し、右限度を越える部分ならびに反訴請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(なお被告国は、担保を条件とする仮執行免脱の申立をしているが、本件の場合これは相当と解しえないから、付さないことにする) (大澤巌)

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